僕の大好きだったクソゲー『新選組群狼伝』をおもむろに紹介したい
みんなには
“人には薦められないけど超個人的に好きすぎるゲーム”
と聞いて思い当たるゲームはないだろうか
僕の場合はこいつだ
この『新選組群狼伝』というゲーム
今ならAmazonで数百円。
なぜAmazonレビューが高評価なのか全く分からないが
このゲームは“一点”を除いてクソゲーであること僕が断言する。
騙されるな。
では今から『新選組群狼伝』とかいう2005年発売のゲームを
今更だが舐めるように紹介しようと思う。
まずパッケージを見てオタクならすぐ気づくだろうが
このゲームのキャラクター原案はあの“和月 伸宏”先生だ。
分からないという人は「るろうに剣心」とか「武装錬金」と言えばわかるだろうか。
分からないニコニコ世代も真っ赤な誓いぐらいは知ってるハズ。
個人的にはフタエノキワミも大好きだぞ。
ともかくあの有名な先生がキャラ原案!素晴らしい!
だがしかし!
ゲーム内画面で見ると和月先生絵の面影は全くない。
当時、3Dモデルの製作に金がかかったのかもしれないが、和月先生のキャラクターを動かしたかった人はガッカリしただろう。
-10点
ゲーム内容的に新選組が題材ということで
るろうに剣心の新選組スピンオフキャラゲーを期待するユーザーもいたと思うが、本作にるろうに剣心との繋がりは全くない。
普通にオリジナル作品である。
そしてオリジナルのストーリーは全く面白くない。
-10点
実は声優がかなり豪華。
沖田総司(声:川上とも子)
斉藤一(声:立木文彦)
近藤勇(声:玄田哲章)
土方歳三(声:子安武人)
原田左之助(声:関智一[2])
永倉新八(声:三木眞一郎)
藤堂平助(声:浪川大輔)wikipediaより引用
だがしかし!
プレイできるキャラクターは沖田総司“のみ”であり
他のキャラクターは声をかけて応援してくれるだけである。
(一応必殺技でイケメンボイスを聞けるがその技の仕様もクソなので後述)
みなさんの予想通り、収録ボイスも大して多くない。
-10点
ゲーム内容はというと
まず敵と出会うために
無駄に広い街や建物を歩かされる。
そして本作にはダッシュがない。めっちゃ遅い。
-10点
通常攻撃が弱すぎて
雑魚にすら避けられる&返り討ちにあう。
-10点
頑張って攻撃して溜めたゲージを使う必殺技は
画面内の敵全員に“使った瞬間に”大ダメージ。
アクションゲームの良さを完全に投げ捨てている。怠慢。
-1億点
そして、そんな超強力な必殺技があっても
超遠距離から雑魚の弓兵に一生攻撃されて
そのまま嬲り殺される事がよくある。
-1000兆点
とまあ
要するにアクションゲームとしては散々な出来栄えのゲームだ。
しかも当時は楽しい侍ゲームが数多くでていた時期なので
他の侍作品と比較してもひときわクソゲー度は高かった。
(当時は侍道や風雲幕末伝とか、剣豪シリーズがでていた時代)
でも本作にはその全てのクソを一瞬だけ忘れられる最高の瞬間がある。
それはステージの最後に待ち構える
「ボス戦」だ。
実は意図して伏せていたが
本作の一番の遊び所? は見切り&連撃システムにある。
本作は
登場する全ての敵の攻撃に見切り判定がある。
見切りを行うには
- 敵の攻撃モーションが始まる
- キャラクターの周りに矢印が表示される
- 光って表示した矢印に対応した十字キーと×ボタンを同時押しする
- 見切りが発動する
といった流れである。
そして見切りが発動すると
- 敵が行っている攻撃を完全に避ける
- 見切り時にのみ、強化攻撃である連撃を行える
- 敵の位置が遠い場合、連撃を行おうとすると敵まで一瞬で近づいてくれる
このような恩恵がある。
そう、このゲームは
マップを歩くの遅いとか
通常攻撃が弱いとか
遠距離攻撃雑魚が強いとか
そういったクソを全てねじ伏せるための
「見切り&連撃システム」である。
もはや見切りの押しつけである。
ついでにいえばこの見切りがあっても
やはり雑魚戦はくそつまらない。
(ついでに見切れない人には難易度が高すぎてクソ)
だが「ボス戦」においてはこの見切り&連撃システムが最高にクールだ。
このボス戦の動画を少し見て欲しい
実はこのゲーム
ボスも見切る
最高難易度にもなると
見切りVS見切りという超反応決戦となる。
この見切りVS見切りを行っている時
完全に脳内物質がドっパドパである。
まさに
見切りドラッグバトル
さらにこのゲームの連撃システムも薬物である。
よくある□を連打したら斬りかかるアクションゲームと違い
□や△を押すタイミングによって斬り伏せ方が5種類に変化する。
(といっても通常攻撃はこのゲームも□連打するだけだが)
文章では説明しづらいが
ボタンを押すタイミングが独特なのだ。
タン タン タン タン
タン タン タタン タン
タン タン タン タン
等々
そして高難易度になると
同じ連撃を使った時ボスに見切られやすいという欠点がある。
(先ほど紹介した動画の主も同じ連撃を使用しているためかなり多く避けられてしまっている)
敵の攻撃を見切りつつ
しかし手元は冷静に連撃のコマンドを打ち込む
さらに連撃コマンドを変えることで有利に戦える。
考えるな感じろとは本作のボス戦の言葉にぴったりだ。
このゲーム以上に電子ドラッグを感じたゲームは今のところ見ていない。
+1000兆1億150点
トータル 100点!
95%のクソと5%の電子ドラッグで出来た
愛すべきクソゲーの紹介をこれで終わらせてもらう。
他にもアドレナリンが異常値に達するゲームがあれば
是非とも教えていただきたいで候。
小説『ロッキン・ホース・バレリーナ』
ロッキン・ホース・バレリーナ。
ミルフィーユのように層の重なった分厚い靴底に乗っかるいびつに膨れ上がった傷だらけの自意識。
覆い被せた華美でGOTHなロリヰタメイド。
しゃがみ込む姿に耕助は毒々しいラフレシアを幻視する。地球で一番大きな花。色も匂いも見たものを誘引して離さない。あの子が好きな、ラフレシア。
夢現のまにまに『野原』の面子は町子に惹かれ、町子もまた『野原』の奔放さに惹かれる。
未来を目指し、青春バンド御一行は日本各地を行脚する。
乗り心地の悪いハイエースはグラグラと揺れ、耕助の心は陽炎のように揺らめく過去と現在とで揺れ動く。爪先立ちをしたロッキン・ホース・バレリーナは揺れ蠢く。
「爪先立ちで揺れてるわずかな間だけ、本当のことを言えるの。」
二人の遅い思春期。時の止まった町子と耕助。
ロッキン・ホース・バレリーナを履き不安定に揺れる町子の言葉に、不安定な思春期を送る青春ロックバンドが重なる。あの輝きだけは本物だった。
本物の青春バンドの輝きと、嘘と虚飾に塗れた本当の世界。
得山は葛藤する。選ぶのは現実か、幻想か。
音楽は目的か、手段か。
ロッキン・ホース・バレリーナ。
大人のフリして背伸びした。狭間で揺れる、18の夏。
十八才で夏でバカだった。
あの夏、僕らは少しだけ大人になった。

Google Play『レイジングループ』
0.
低価格帯ゲー(スマホ本編1080円)ながらも、ユーザーから非常に高い評価を得ている本作。「人狼」を題材にした怪奇ビジュアルアドベンチャーということで、昨今の人狼ブームにあやかったミーハー人気なのだろうかと訝しむ気持ちを抱いたところも少しあったのだが、過去の名作「428」や「かまいたちの夜」といった作品にも並ぶ歴史的傑作であるとの評を目にしたこともあり、アドベンチャー魂に火がついたため、この度購入。
プラットフォームはAndroid(Google Play)。エクストラは未購入で、本編1周クリア済み。一応直接的なネタバレは無しで書くつもり。
ちなみに本作はいろんなプラットフォームで遊べます。
公式サイトを見たところ、steam、Google Play、iOS、PS VITA、PS4、switch、その他諸々にて購入できるようです。無料体験版もあります。結構ボリュームがあるので、気になる方は是非遊んでみてください。
一番安上がりに楽しめるのはスマホの通常版1080円。エクストラシナリオ込みのプレミアムセットは1600円。その他DL版は3000円。パッケージで買いたければPS4の3600円です。スマホの通常版は一番古くパートボイス、各種DL版はフルボイスなどの追加要素があるのですが詳しくはググってみてね。
1.
好みで言えば劇画タッチな濃い絵柄には苦手意識がある。私はモエモエのゆるふわなイラストが好きなオタクだが、果たしてこの陰鬱な雰囲気ただようグロテスクな怪奇ノベルに軽い絵柄がマッチするのだろうかと考える。
そして、やはりこの絵だからこその老若男女の統一感や、閉鎖的な村落の雰囲気、個性的な一本芯のあるキャラクターの魅力を感じられるのだということを再認識する。
ていうか私、プレイ後の感想としてはヒロインみんな可愛いと思いますよ。やっぱり千枝実さんが一番です。
対して幕間ではゆるい雰囲気のデフォルメされたキャラクターが登場する。盤上と盤外の扱いの違い、オンオフのはっきりと区別された部分も、この作品の一つの特徴である。
それは暴露モードと言う人狼の舞台裏を覗ける裏ルートがあることからも伺える。
(暴露モードはあんまり読んでないです)
2.
本作は「死に戻り」と「鍵」が物語の主軸となっている。
まずは一つ目の「死に戻り」について語るとしよう。
死に戻りという名の通り、分岐によって頻繁にゲームオーバーになるのだが、これを一般的なセーブ&ロードの仕組みで実現しようとすると、同じくセーブ&ロードも頻繁に行うことになってしまう。
加えていつ死ぬかわからない以上、セーブデータの管理も煩雑になるし、クイックセーブはいかにもシステマチックで味気ない。
これらの管理を一挙に引き受けてくれるシステムがフローチャートシステムになる。
このフローチャートシステムが存在するおかげで、繰り返し同じ地点からスタート出来、かつ異なる展開を回収しながら選択肢によって鍵をアンロックしていくという複雑な分岐をわかりやすく可視化することが出来ているのである。
フローチャートシステムは高い完成度を誇るのだが、アドベンチャーゲームにおける採用率はあまり高くない。一つには魅せたいものに対してシステムが複雑になりすぎてしまうこと。また、使用されるゲームエンジンが一因となっているのかもしれない。
旧来のセーブ&ロードのシステムはテキストの進行と時間軸の流れが固定化されてしまうように見えるという欠点がある。同じ時間軸で異なる展開を見せる術として、選択肢による分岐があるのだが、これは細かいテキストの違いを読ませる目的としては向いていない。
ゲームにおけるストーリーテーリングとしての特徴はこの選択肢による分岐とセーブ&ロードシステムにある。しかし、これを用いた手間がかかるばかりで意味のない選択肢での足止めやカサ増しは卒業すべきだ。ゲームとしての"意味は持たせられるが、"ゲームである"意味は持たせることが出来ない。
その点フローチャート式はいいことずくめだ。本作は物語の構造からもこのフローチャートシステムを有効に活用出来ている。(とは言え何にでも活用できる手法ではない)
選択肢による分岐で幾度もゲームオーバーになることがあっても快適なプレイが出来るのはひとえにこのシステムのおかげだ。
3.
そして、二つ目が「鍵」の存在だ。
物語が進行していくと、鍵を集めねば先に進めない扉が行く手を阻む。
さて、一般的なノベルにおける選択肢というものは、物語上の必然となる事象の印象を際立たせるためのものであり、選択からのフィードバックがあって初めてその意義が生まれてくる。
フィードバックには事象の結果が変わるもの、新たな情報を入手できるもの、反応が変わるもの等がある。
反応が変わるものについて、バタフライエフェクト理論を援用するのであれば僅かな反応の変化すらも考慮する必要もあるが、そこまで細かな違いを物語に反映することは現実的には限界がある。これらは概ね物語のプロットには影響してこない選択だということだ。
それとは別に、何も変わりはしないもの、選択したという事実のみを強調するためのものがある。プロットには影響しないが、物語の受け止め方、心情に訴えかけてくるものがこれに当たる。テキストが止まると共に思考を停滞させ、ある事象を熟慮させることが目的となる。小説とは異なるインタラクティブノベルとして、この仕組みは十二分に機能していると言えよう。
最後に、新たな情報を入手する選択肢がある。間接的にプロットを変える、もしくは物語に対する印象を変えていくものになる。どちらにしてもその変化は大きい。間接的にプロットを変えるとはつまり必須キーの一つを入手する行為と言い換えることが出来る。
複数の情報を入手することにより、プロットを変える"結果"を生み出す。キーによるルートのアンロックがこれに当たる。キーを表示するとユーザビリティが高まる一方、物語の構造を把握されてしまうという欠点がある。
どの程度構造を開示するかのさじ加減でプレイフィールも変わってくる。
『街』や『428』といったザッピングシステムの肝がこれで、分岐した全ての物語が収束するチャート図は機能美も兼ね備えている。
4.
長くなったが、本作における肝は、キーの入手とゲーム内ゲーム(人狼)のルールを重ね合わせたところにある。
一般的なノベルにおける選択は抽象的で、結果への影響がわかりにくい。
対して本作では、メインに人狼ゲームを攻略するという目的を据えることで、結果に対して直接的な影響を与え、より能動的な選択を行うようプレイヤーを誘導することに成功している。
また、分岐を辿り取得情報が増えることにより、更に人狼ゲームの攻略が進むというポジティブな攻略サイクルを生み出す結果へと繋がった。
物語の解読と、ゲーム攻略のシームレスな連携が心地よいプレイフィールを生み出している。
そこに没入感を削ぐものは何もない。ただ物語に熱中することが出来、気付くと夜は明けている。
5.
そして圧巻のラストシーン。私はこのプロットは他に類を見ないものであり、すべからく褒め称えるべきものだと考えている。
前述した物語の構造を把握されてしまうという欠点を反転させたシナリオは見事としか言いようが無い。
荒唐無稽にも思える人狼村のおぞましい因習を、風呂敷を広げながらも綺麗に畳んでいく展開の妙技も一つの見どころ。
いくらかの説明のつかない現象を『夢』として処理しているところはご愛嬌。『羊』と『夢』と『狼』になぞらえた小ネタに免じて許します。
(92点)
絵です。

(ところでこの完全読本、私も持ってないので欲しいです)
Doki Doki Literature Club!にクリア後もビビらされてる話
ゲーム内容も割とビビったんだけど
それより他のことにビビったので書いた。
※この記事はDDLCのネタバレに加え
UndertaleやOneshot、EVER17他ギャルゲーエロゲー作品の話題も唐突に入ったりしますが、ご了承ください。
無料だからまだ遊んでない人はすぐ遊んでね!
まず一言
DDLCの記事書いてる人多すぎてビビった。
この記事の多さは
無料だからみんなが気軽に手を出しやすいゲームって分母の大きさかもしれないし
ネットで一言呟いて感想を言うのに非常に適していない作品だからかもしれないし
もしくは文芸部員の詩に触れてみんなが文章を書きたくなったからかもしれないし
ただ、調べれば調べるほど
そこにはひとりひとりのポエムみたいなものが書かれてて
心地の良い感じがした。
作者が狙わずともみんな本当に文芸部の一員になっているようなそんな感じ。
じゃあなんで今さら僕が書くんだよって話だけど
このDDLCには魅力的なキャラを多くて…
特にユリさんが個人的に気に入っていたりもしたんだけど
でも今後DDLCの続編はでないだろうと心の中で決めつけている自分がいた。
ふと、自分の中で想像してみたんだよ
具体的に
「文芸部のみんなと楽しく過ごす世界」を。
そしたら自分の中で心のコンフリクトが起きた。
(ちょっとコンフリクトって言葉使ってみたかった。)
文芸部員がみんなで楽しく過ごす世界がとてつもなく怖かった。
そこからはほんの少し想像するだけでも背中がゾワゾワっとするくらい恐怖だった。
めっちゃビビった
だからこの僕が感じた恐怖を記事として
DDLCの感想としたい。そう思って記事を書こうと思った。
だからこの記事は今までと違って
僕の自然な文章で僕が感じた僕の気持ちを素直に書こうと思う。
まず、この恐怖が何なのか。
たぶんだけど、この感覚は“不気味の谷”だと思う。
“不気味の谷”が何なのかは調べればすぐわかると思うけど
要はロボットが人間らしくなると人はロボットに好感を持つ。
でも、より人間らしくなると突然ロボットへ強い嫌悪感を抱くってやつ。
恐らくDDLCのキャラクターに人間性を感じて
それがビジュアルノベルとしての僕の“不気味の谷”を触れられたような気がする。
元々、僕は数は多くないが
そこそこの数のギャルゲーエロゲーをやってきた。
そりゃもうDDLCから感じるギャルゲー力(ぢから)は色々な作品から影響を受けていると感じた。
いきなり注意文をぶちこんで承諾させるスタイルは「沙耶の唄」
いきなりプレイヤーに話かけてくるメタ的演出はEVER17とかあるし
どうしても主人公とくっつきたくて他キャラが狂気に交じる作品だって山のようにある。
(鬼うた。とか割とすき)
ただ、どうしてもDDLCだけ他の作品と違う部分があった。
それは
“キャラクターは自分(プレイヤー)と恋愛しようとしている”点。
いやいや、恋愛ゲームなんだから普通そうじゃんと思うかもしれないけど
僕は僕に恋愛しようとしてきたキャラクターはいないと感じている。
そりゃ主人公に感情移入して遊ぶだろう。
ときメモでは藤崎詩織の手強さに四苦八苦したし
ドリームクラブで亜麻音さんの最高のお友達になった時は落ち込んだし
スマガでは何度も何度も死に続けたし
アマガミでは薫と付き合うことに喜びつつも疎遠になる梨穂子に心痛めたし
美少女万華鏡vol2では精神を病んで女装して街を練り歩いた時もあった。
※よく考えたらドリームクラブは結構プレイヤーと恋愛しようとしてたけど、なんで自分が恋愛してると思えなかったんだろう。酒の会話が機械的だったからかな・・・?
でも、ウィンドウを閉じればギリギリ僕じゃなかった。
あくまでゲームと割り切れていた。
でも、DDLCはどうだろう。
主人公はただのVRチャットのモデルみたいなもので
モニカも最後のサヨリも望んだのは僕自身だった。
唐突だがDDLCにはよく比較される作品がある。
「Undertale」と「Oneshot」
まぁ言いたいことは分かる。
どの作品も作品とプレイヤーとのインタラクションデザインで勝負してるゲームだから。
ただ、そのアプローチ箇所が
「Undertale」はプレイヤーのゲームプレイにアプローチして
「Oneshot」はプレイヤーとキャラクターとの関係(ゲームの思い出とか)にアプローチしてる
かなぁ~~と自分の中で思っている。
じゃあDDLCは何だって言ったら
それはもちろん「恋愛」だと思う。
僕の中で“恋”と“恋愛”は違うと思っていて
“恋”は相手を想うこと
“恋愛”は相手を想い、相手が自分を想ってくれること
要は“恋愛”とは
自分と相手が相互に関係してるからこそ“恋愛”と言えるのだと思ってる。
そう考えると
僕の知っている恋愛ゲームというのは基本的に
「主人公とヒロインが恋愛する所を見て、自分もヒロインとそうなりたいと恋するゲーム」だった。
DDLCは恋愛要素をプレイヤーにインタラクトすることで相互関係を作り、恋愛たらしめる事に成功している。
紛れもなく“恋愛”ゲームだった。
話を戻そう。
DDLCはキャラクターと僕(現実)が恋愛するような仕組みとなっている。
ではそこでモニカから“恋愛”したいの…と言われても
僕は、はい恋愛します。というわけにはいかなかった。
だって向こうは画面の中だし・・・
相手の事よく知らないし・・・
っていうかこっちの話届かないし・・・
でもモニカもそれは分かってて
自分の事をずっと話してくれる。
何だこの思いやり精神・・・
自分の声さえ届けば本当に二人だけの世界になりそうじゃないか。
でもなぁ・・・
今までやったこと考えるとモニカってこわいよな・・・
独り占めにするためにみんな消したりするし。
えっ、待って、それすっごい人間的じゃない・・・?
「みんな消せば独り占めできるね」
サークルが壊れると分かっててカップルになるやついるよね。
わかるわかる。
「こんな世界にあなたが来てくれた」
工業系の学校に舞い降りた女子かよ。
そりゃ好意的になるわ。
「でも私もあの場所が好きだったから」
いるわ…別れたカップルでサークルに女だけ残して去っていく男
いやもうモニカはゲームの中にいるってだけでかなり人間的だと思う。
そしてあの世界
自覚すればみんな人間になるんだよ。
めっちゃ怖いよ!!
ビジュアルノベルは基本的に画像と言葉で伝えるものだから
心を表現するとか全部文字や画像だけで理解できるようにしてある。
でも中のキャラクターが表情でも言葉でも一切心の中が分からないキャラクターになる。
で、恋愛する。
それってもう人間みたいなもんじゃない?
僕がギャルゲー部分を改めてプレイする可能性を考えた時
この作品のキャラクターだと
表面はビジュアルノベルなのに
中は人間というレベルまで認識が改められている。
そのキャラクターと恋愛…まではいかなくても仲良くする。
こっちはみんなが仲良くしているのを見てるけど
キャラクターの本当の心なんて分からないし
向こうもこっちの心を読もうとしてくる。
いや、もう現実になっちゃうよそれ・・・
そんな妄想に“不気味の谷”現象を感じたんだと思う。
だから僕にとってDDLCは
このままみんなのデータが存在しませんって終わって欲しいゲーム。
怖いから。
続きがあると困る。
もしファンディスク的なものが出るとして
(これはMODとか制作されてそうな気もするけど)
詩を選択肢ではなくプレイヤーに自由に書かせて
それをキャラクターが評価してくれるシステムとかあったら
そう妄想するとガチで鳥肌が立つ。
もうめっちゃビビってる
そういう感じで
もうDDLCの世界を脅えて見ることしかできなくなった。
最後に
DDLCは僕にとってかなり好みのゲームだった。
美少女ゲームもホラーゲームも好きだからね。
そして色んなギャルゲエロゲを食っては捨ててきた人たちには
そりゃもう色々ぶっささるゲームだと思う。
モニカ大好きマンが現れるのも分かる。
だって
モニカってさ
これだよね。
※本文の一部改訂しました
誰にも理解されない『ステルスゲーム』の価値観
おそらく私は『ステルスゲーム』が好きなのだと思う。
初代アサシンクリードは何週もプレイし直したし
PAYDAY2、HITMANなんかは今でも遊んで面白いと思える傑作だった。
でも今まで私の“ステルスゲームが好き”は疑問形だった。
それは他者とステルスゲームで遊んだり話したりする度に価値観が全く合わなかったからだ。
PAYDAY2ではとにかく人を殺しまくるプレイをするやつが嫌いだった。
初代アサシンクリードをつまらないというやつに限って戦闘が面白くないと言うので何度もため息をついた。
私はいつも思っていた。
ステルスゲームに戦闘を求める事が間違っていると。
それはただのアクション好きだろうと。
だが世間的には私の価値観がおかしいようだった。
ステルスゲームを好きと言う人は、皆殺しできる事を高評価としていた。
敵を殺してマップを蹂躙することが一番キモチイイものであると。
そしていつしかこう思うようになっていた。
私自身がステルスゲームは肌に合っていないのではないか。
先日、空いた時間にIGN JAPAN様のしゃべりすぎGAMERを拝聴していた。
こちらがその時私が聞いていた回である。
#86 しゃべりすぎGAMER:推しジャンルをひたすら語る
youtu.beステルスゲームについては
30:00~から話されているので是非とも聞いてみて欲しい。
まず話のはじめとして今週のテーマ“推しジャンルを語る”という紹介になるところを
千葉さんが“他人に理解されない俺の推しゲー、、、、、推しジャンル”と言いながらステルスゲームを紹介している。
そしてその後の会話が以下である。
千葉さん『まずみなさんステルスゲームやってます?』
ダニエルさん『大好き!』
野口さん『僕は、結構やってます』
クラベさん『メタルギアシリーズぐらいかな…』
この時点で何かおかしい事に気づかないだろうか?
千葉さんが“他人に理解されない推しジャンル”としてステルスゲームを挙げているのに
クラベさん以外が評価の高そうな返答をしている。
既に理解されてるじゃねーか
では千葉さんの“他人に理解されない推しジャンル”という認識がおかしいのだろうか
いや、違う。
千葉さんの『ステルス』の価値観が他の人と全く違うのだ。
だからこそ千葉さんは他の人とは価値観が違う“他人に理解されない推しジャンル”としてステルスゲームを挙げているのだと思った。
それは私の中で常々感じていたことだったからだ。
続けて、千葉さんはこう語っている。
ステルスゲームの魅力……色々ありますけど、一番は、ここ僕重視してるんですけど、『自己実現をする』って事が重要なんですよ。
単純にクリアだけを考えちゃダメなんです基本的に。
いかに自分のやるかっこいいのを実現するかってことが重要なんです。
『敵を殺さない』これ重要です非常に。
『全く見つからない』とか。こういった事をやって
あぁ俺すごいな~~って思うのが重要です。
あぁ・・・なるほど。
この価値観は私のものとは違う。
でも、今まで聞いてきた価値観の中でも最も共感できる意見だ。
そうなると、最初に推しゲー…推しジャンルと言い直すことになった理由も分かる。
千葉さんの中で本当のステルスゲームといえば“HITMAN”なのだ。
用意されたマップに挑み、あらゆる手を駆使して不殺を全うする事に美学を感じている。
クリアしたマップを全て掌握した自分を神の領域へと昇華した時に最上級のカタルシスを得ているのだ。
私はゲームをプレイした時、ゲーム製作陣のこだわりを感じられる作品が大好きだ。
ステルスゲームの不殺プレイは基本的に一番難しいルートである。
私は無意識化で、一番難易度の高い不殺プレイこそがゲーム制作陣の一番プレイして欲しいルートであると感じていたのだ。
こうなると、なぜ私が好きなステルスゲームが他のステルスゲーム好きと意見が合わないのか理解した。
初代アサシンクリードは戦闘自体は全くつまらなかった。
しかし、戦闘を避けるために自然とステルスプレイを考えさせられる。
そこには、フリーランを活かした予想外の場所からターゲットだけを殺せるルートが用意されている。
その設計からフリーランで遊び抜いて欲しいというこだわりを感じられて、私は初代アサシンクリードが好きだったのだ。
だから、カウンターしてればいいよねとかいう将軍プレイを聞かされるのが嫌いだったのだ。
PAYDAY2は一番難しいステルスプレイをこなすのは一人では厳しい。
そのためボイスチャット等で協力して、ようやく全員がうまくいった時にステルスクリアすることができる。
とにかく難しい協力をと考える製作陣のCOOPゲーへのこだわりを感じた。
だから好きだったのだ。
だから全員殺せば通報されないよねとか言いながら通行人を皆殺しにする人が嫌いだったのだ。
だから徹底してこだわり抜いたマップデザインのSIRENが好きだったのだ。
だからMonacoの考えられたマップデザインをThe Cleanerで無理やり突破する人が嫌いだったのだ。
だから不殺、ステルスキルがただの選択肢となっている
メタルギアシリーズが嫌いだったのだ。
ステルスゲームと銘打つゲームも
蓋を開ければ、ステルスプレイという選択ができるだけの
ただ自由度の高いアクションゲームになっていないだろうか
ステルス要素によるゲームプレイの多様性に価値が求められた結果
多種多様なステルス要素を含むゲームが出てきたからこそ
今『ステルスゲーム』からステルスの本質が失われつつあるのではないだろうか
全てを理解した私は
マイノリティの化身となった。
これから期待できる私が好きなタイプの硬派なステルスゲームなんてもうHITMANシリーズしかないだろうし
世の中でもステルスプレイは多様性の一種としてしか発展しないだろう。
それは世の中のレビューが自由度の高さ、多様性がある作品は素晴らしいと位置付けているし、私が個人的に調べ、閲覧したブログのほとんどが不殺プレイを押し付けるなと書かれていた。
ステルスゲームが好きという人はステルスキルで皆殺しできることが一番のカタルシスだと。
ふざけるな。
勝手に『本質的なステルスゲーム』を殺すんじゃない。
多様性の一種にステルスを組み込むゲームを否定するつもりはない。
この辺りは好みの問題で、多様性こそ多くのユーザーに好まれるゲームになるのだから。
ゲームは売れなきゃ作れないのでしょうがないともいえる。
だが、しかし、できるならば
千葉さんや私のような不殺プレイを好む人種にも硬派なステルスゲームも出し続けて欲しいと思う。
最後に
この記事を見て不愉快になる人もいると思う。
(特にただの選択肢とか言われたメタルギアシリーズのファン)
しかし、アクションゲームがステルスに寄り添ってもそれはアクションゲームだが
ステルスゲームがアクションに寄り添うとそれはもうアクションゲームになってしまうのだ。
私はステルスゲームという1つのジャンルが消えてしまうのだけは避けたいのだ。
だから攻めてこの記事の中だけでも強く叫ばせて欲しい。
お願いだからステルスゲームを消さないでくれ、と。
捻じ曲がった『Life is Strange』を遊んだ話
一応記載しておくが思いっきりネタバレあり。
まずはチャプター5のスタッフロールを見た上で素直な感想を述べたい。
『Life is Strange』はとても良い作品だった。
青い蝶から“バタフライエフェクト”を察し
青春群像劇のようなショートムービーで心を掴まれ
主人公のマックスと友人のクロエに尊さを感じ
そして人生の選択をしていく。
タイムリープものは主人公への感情移入を高める最適な手法だ。(私も大好き)
つまりこの『Life is Strange』が好きな人達は
『時をかける少女』や『オールユーニードイズキル』
『シュタインズ・ゲート』等を喜んで楽しんだプレイヤーだろう
だが、私はこの『Life is Stange』が他のタイムリープものとは一味違う作品であると感じさせられた。
それを自分の体験を元に説明したい。
まず、私はチャプター3まで普通に楽しんでいた。
チャプター1では何度も世界を巻き戻し納得のいく選択を重ね、
チャプター2、3では何がなんでも自分の思う世界にしてやろうと目についた選択肢は全て丁寧に選択してきた。
そしてここで私は痛恨のミスを侵す。
私が遊んでいたのはPC版でフルスクリーンにして遊んでいた。
チャプター3を終えてメインメニューに戻ってきた時
私はチャプター3のラストに心のザワつきを感じ戸惑いながらもゲームを終了しようとメニュー画面の一番下をクリックした。
ゲームは終わらなかった。
おや?と思ってセーブデータを確認すると私のチャプター3まで遊んだセーブデータが確認できた。
やったことある人は分かるだろうが『Life is Strange』はメニュー画面が2つある。
まずは基本のメインメニュー、そこからセーブデータを選択するとそのセーブデータのメニューがある。
私はただセーブデータのメニューからメインメニューに戻っただけだった。
しかしその時の私は混乱していて思わずキーボードのEscキーを押してゲームを終了しようとした。
(前に遊んでいたのがUndertaleだったので同じくEscキーで終了させようとした)
しかもそのままEscキーを連打してしまった。
結果として
私のチャプター3までの選択は全て消え去った。
セーブデータを削除してしまったのだ。
まさかEscキーでセーブデータの削除を聞かれるとは思っていなかった。
もう1度チャプター1から遊ぶ気にはなれなかった。
もう1度遊んだところでそれはもう私の選択した世界にはならないと思ったからだ。
なので私はチャプター4から始める決断をした。
途中のチャプターから始めようとすると「今までに選択した内容がランダムとなります」と警告される。
知ったことか。
どうせ選択した世界は消えたのだ。
選択した内容がランダムになったところできっと肝となるメインストーリーは変わっていないだろう。
ADVゲームは決められたエンディングのために選択肢を選ぶだけのゲームなのだから。
選択肢の違いはフレンドや世界の選択との差異を感じ、
この選択した世界こそが自分の世界と感じるちょっとしたギミックなのだろうと。
そしてチャプター4を開始すると
助けたはずだったケイトは
屋上から飛び降りて死んでいた。
ケイトを助けてヒーローだと讃えられていたハズだったのに
やり直した世界ではただただみんなが落ち込んでいた。
助けられなかったマックスはただケイトの名残にごめんと謝り続け
ヴィクトリアは私のせいじゃないと脅えていた
ケイトを助けることは
予定調和ではないのか?
こんな世界を私は知らない。
フランク『銃を撃とうとしただろ』
知らない。
私は撃てなかった。
アリッサ『マックスが近くにいるといつも不吉なことが起きるのよ!』
知らない。
私はアリッサをいつも救っていた。
まるで自分だけ記憶喪失になったかのように
ただただそこに私の選択していない世界があった。
私はこの世界の変化に素直に感動してしまった。
他のタイムリープ作品はどうだ。
私の知る限りタイムリープもの作品は正解を目指すためにタイムリープするものだ。
失敗すれば作り手側が正解するまでタイムリープを求める。
間違いを正すためのタイムリープだ。
だからこそハッピーエンドや真エンドに趣がでる。
しかし『Life is Strange』は違った。
選択は本当に人生の選択であり、その人生は確実に全ての選択で彩られていた。
クロエ『やっぱりキスできないんだな』
したわ!!!
本作をこんな曲がった楽しみ方をした人はきっと少数だ。
だって最初から選択し続けたデータで最後の選択肢を選ぶべきなのだから。
だからこそ本作は名作となるのだから。
だから私は本当は
本作を全力で楽しめていないのかもしれない。
この記事が目に触れたファンからは
きっと勿体無いという声を浴びせられるだろう。
だが、セーブデータが消えたことで体験した人生も良かった。
後悔がないとは言えないが
この人生だってチャプター1からやり直すことなくチャプター4から始めた
紛れもなく私の選択した世界だ。
これは私だけが体験した人生だったと誇らしく言える。
“人生は選択の連続、その選択肢が運命を決める”
でしょ?
まだ『Florence』を買っていない人達へ贈るレビュー
『Florence』を買った。
この絵本のようなアプリ。
イラストとアプリ操作によるストーリーの表現力が余りにも愛おしく美しかった。
せっかく多くの人に知っていただきたい良い作品に出会えたので
本作の素晴らしさをいくつか画像付きでご紹介させていただく。
できるだけネタバレにならないよう配慮はするが、少しでも興味がある人はまず購入していただきたい。
その後、私の記事は読んでも読まなくても構わない。
本作は余程無頓着に物語を消化しない限り、誰でも心で感じられるものがあるはずだ。
それでは本作の紹介を始めたいと思う。
1.色が心を表す
主人公フローレンス・ヨーは毎日退屈な日々を過ごしている。
そう、私が断言できるのは書いてあったからでなく、描いてあるからだ。
彼女の日常の世界は明らかに色が無い。

▲輝いてるのはSNSの友人だけ
ところがその帰り道に音楽が聞こえて来る。
この音楽がとても楽しげな黄色で表現されている。
この音楽を聴いていると彼女が浮き始める。

▲楽しげな音楽を聴き"心が浮く"様子だ。

▲そして彼女の心の中はその音楽で満たされる。
楽しい時ほど華やかな色に
つらい時ほど淡い色に世界が表現される。
彼女の楽しい気持ちやつらい気持ちを色を見て一緒に味わってほしい。
2.何気ないパズルの意味
初めて会った人と話す時は誰でも苦労すると思う。
相手が何を考えているのか。
自分が何を話せばいいのか。

▲会話の難しさをパズルで表現している。

▲打ち解けるほど会話はもっと簡単になる。

▲思っていることをそのまま話せる。こんなに素晴らしいことはない。
パズルの操作1つ1つが彼女の行動であり、パズルの形こそが彼女の心だ。
その機微を1つずつ感じ取って欲しい。
3.あなたの選択が彼女の選択
本作に選択肢はなく、1本道のストーリーだ。
しかし、このストーリーは彼女の物語であり、あなたの物語でもある。

▲彼の背中を押すのは彼女であり、あなた自身だ。
本作に無駄な操作はない。
色を見て、
パズルを見て、
気付くことで
この物語は深みを増していく。
是非とも『Florence』余すことなく感じ取っていただきたい。
以上。
脳が騙される!3Dランアクションゲーム「壁を上げる」をレビュー
と、よくレビュー記事で書かれそうなタイトルをつけてみて
内容もよくある感じに書く練習をしてみようかと思った。
タイトルからいきなりぶっとんでいる『壁を上げる』だが
翻訳がヘンテコなだけでとても良くできた3Dランアクションゲームだ。

▲トップ画面のオシャレ感と変な日本語の組み合わせホントすき
3Dランアクションゲームといえば
キャラクターが奥へ奥へと走り続けスコアを競う『Temple Run』
高難易度操作が求められる『ローリングスカイ』等が有名だと思うが
本作はどちらかといえば高難易度操作のゲームに属するだろう。
しかし、一度触ってみれば本作が決して理不尽な難易度ではないことがすぐわかる。
プレイヤーはまずキャラクターをUFOキャッチャーで釣り上げる。
そして、釣り上げたキャラクターに応じたステージを遊ぶことができる。

遊び方は単純だ。
スワイプ操作でキャラクターを右や左に動かすだけである。
そしてワープゲートや飛び出すブロックを避けつつゴールを目指すだけ。
しかし、このゲームの難しいところは進行方向が変化することにある。
事実、タイトル通り壁がでてきてその壁をキャラクターが登り始める。

▲突然、壁を登り始める。

▲移動方向は右奥だけでなく左奥にも進んでいく。
この壁を登って走って縦横無尽に進行方向が動くことで
プレイヤーは正しい判断がすぐに行えなくなる。
そして分かってたはずのブロックや穴に突撃するだろう。
本作の難易度の高さは操作精度ではなく
プレイヤーの脳を騙し認識を鈍らせることにある。
またキャラクター毎に難易度が3段階用意されている。
イージー、ノーマル、ハードと続くが
難易度がハードに近づくほどキャラクターの速度やステージのギミックが難しくなる。
操作精度は全く必要ではないがジワジワと脳に勘違いを起こさせる難易度の高いランアクションゲームなのだ。
さらに本作で自分が一番気に入っている特徴だが
UFOキャッチャーでキャラクターを手に入れた時
ステージに挑戦できる時間は“3分間”しかない。

▲ステージを始めるとタイムリミットが表示されている。
この3分間でもしゴールできなかった場合
時間切れとなり次のキャラクターで遊ばなければいけなくなる。

▲一応、広告動画を見ればタイムリミットを引き延ばすことはできる。
この“3分間”が実に良い緊張感とテンポ感をもたらしてくれる。
従来の3Dランアクションゲームのほとんどは
上手くプレイできた時の達成感が高いが
その分、もう一度プレイするモチベーションが薄くなりやすい。
目標のハードルが上がってしまうからだ。
その点、本作は成功しても失敗しても次へ次へと新しい挑戦を与えてくれる。

▲苦手な人も課金をすれば時間制限や広告をなくすことができる
※ミスをした時、定期的に広告動画を見せられることになるのは少しうっとおしい。
自分はこのテンポ感のおかげで
ほぼ全てのキャラクターをクリアするまで遊んでしまった。
まさに自分のために生まれたようなランゲームの形だった。
今まで特に触れていなかったがBGMも結構良い。
トライ&エラーが苦手なプレイヤーにもオススメできる1本だった。
最後に変な日本語についてだが
本作のタイトルを英語版『UP THE WALL』
なるほどそのまま日本語訳すれば間違いなく『壁を上げる』だ。

▲Google先生もそう仰っているので間違いない
実は以前に本作のアップデートで日本語の修正が行われている。
というのもアップデート前の日本語訳が酷すぎてある意味味わい深いものとなっていたのだが
個人的には変な翻訳も気に入っていた。

▲easy⇒簡単に


▲送迎はGoogle先生に聞けばちゃんと正しく翻訳してくれます。

▲新しいピ…?
「ハード」は「固い」になっていたし、キャラクター名もすごかったのだが
今は無難な翻訳に修正されている。
タイトルだけ修正できなかった理由は分からないが、願わくばまた昔の翻訳で遊んでみたい。



